「逆境に生きた女たち」私のうちに神の愛が溢れて、外に及ぶことができますように(1)
「逆境に生きた女たち」というシリーズがアメリカのボストンの日本人新聞、「ボストンかわら版」に掲載されていました。その中で、以前ご紹介した、私が大好きな津田梅子さんの話を再度シェアさせて頂きます。
彼女は何と7歳で渡米。それも1871年の明治維新の3年後。当時は船で渡り、一度渡ったら、家族とも殆ど連絡もとれない時代にです。今の世の中でも、自分や自分の子供がこの年でアメリカに渡る勇気と度胸を想像するだけでも、頭がクラクラしませんか?
そして、彼女の願い「私のうちに神の愛が溢れて、外に及ぶことができますように」は、少し表現は違っていても、いつも私自身が私達を越えた大いなる力に願っている「私を人々の為に最大限に活用して下さい」と同じなので驚きです。
とにかく、このような女性達の血と涙の努力の御蔭で、現代の日本女性は今の自由とチャンスを得る事ができたのです。私は読む度に、感動でうなってしまいます。皆さんはどう感じますか?
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<大正六(一九一七)年、初夏>
聖路加病院の病床で、女子英学塾(後の津田塾大学)創始者・津田梅子は、内面の葛藤を日記に綴っていました。
「これが活動の終わり、あらゆる仕事の放棄となるかもしれない。(中略)仕事のない人生は、無意味ではないのか。為し遂げたいと願ったことに比べて、何という少しばかりのことしか為し得なかったのだろう。それをいま中止するなんて、そんなひどいことがあろうか。ほんとうにそうしなければならないのだろうか」
この時、梅子五二歳。日本の女子高等教育の開拓という事業にすべてを惜しみなく注ぎ、開いた塾もようやく軌道に乗りかけてきた頃、激しい活動の末に病に倒れたのでした。
維新という時代の胎動期に生まれ、日本最初の女子留学生として七歳でアメリカに渡り、十一年間を過ごした梅子。思うにまかせぬ体を抱えながら、過ぎ去った日々を思い巡らせていたでしょう。開拓者の苦難と喜びを味わいつつ、歩んで来た半生を。
<日本初の女子留学生>
梅子が生まれたのは、四年後に明治維新を迎えようとする元治元(一八六四)年。
父、津田仙は下総(千葉県)佐倉藩士で、進取の気性に富む人でした。幕臣・津田大太郎の婿養子となり、外国奉公の通訳として活躍していました。大政奉還後は官職を退き、北海道開拓使の嘱託となっていました。
梅子が七歳という最年少で留学する事になったのも、父の先見の明でした。北海道開拓使・黒田清隆が、女子高等教育の必要を説き、日本で最初の官費による女子留学を募り、父はそこに梅子を推したのです。
明治四年、五人の女子留学生とともにアメリカに渡り、十一年間あたたかい家庭に預けられて過ごしました。梅子はそこで、「理解力や談話など、数歳年上の米国の少女に勝る天分の豊かな」少女として成長します。九歳の時に自分から進んでキリスト教の洗礼を受けました。
ところが、一通りの教育を終えて帰国した時には、日本語をすっかり忘れてしまっていたのでした。家族と会話することもできず、父親の通訳でやっと意志が通じる、という具合でした。
日常生活の習慣にもなじめず、学んできた知識も生かす場もない帰国後の生活に悩んでいた梅子に、ひとつの転機が訪れました。七歳でアメリカに向かった船に、伊藤博文たち政府要人も欧米視察のために同乗していたのです。
その縁が生かされ、伊藤博文に推されて新設された華族女学校の教師となりました。けれども、控えめで優雅な上流家庭の子女の域を出ない生徒たちに、物足りなさを感じていました。満たされない思いを抱えたまま三年目を迎え、梅子は自分の前途に思い悩んでいました。
——もし、私に才能があるなら、伸ばせるだけ伸ばしてみたい、もっと学問してみたい、あるいは新しい生き方が、その中から見いだせるのではないか——
梅子は再度アメリカの留学を決心します。華族学校は休職にしてもらい、フィラデルフィアにあるブリンナー・カレッジに落ち着きました。そこで、大学側から残って研究を続けてほしいという申し出があるほど、すべての科目に優秀な成績を修めました。梅子にとってまたとないチャンスでした。しかし、この留学中に、梅子は自分の生涯の目標を見つけていました。
<女子教育こそ一生の仕事>
帰国後、梅子が身をもって知ったことは、日本における女性の地位の低さでした。維新後、男性の教育が目覚しい発達を遂げているのに比べて、女子教育は遅れていることを痛切に感じました。
私の生涯の事業は、日本の女子高等学校開拓にある——そう心に決めていたのです。確かに、自分の研究意欲を満たし、高度の研究を通し科学に貢献することも魅力でした。それを振り切って、教育の遅れている日本女性のために尽くすことを選んだのでした。
帰国後、華族学校と併せて女子高等師範学校の教授を兼任した梅子は、米国コロラド州首都デンバーで開催される万国婦人連合大会で、日本代表としてスピーチしました。梅子の素晴らしい英語は新聞で取り上げられ、好評を呼びました。英国のキリスト教会から招待され、ヨーク州の大僧正やナイチンゲールと歓談する機会にも恵まれました。
ナイチンゲールは、澄んだ頭脳と聡明な光を湛えた眼差しの持ち主でした。梅子は日本の女性の立場について親しく話し、四十年前の英国も同様で、女性が生きる道は結婚しかなかったことなどを聞き、新しい勇気を与えられるのでした。
——私はまことに信仰に乏しい者ですが、どうか私のうちに神の愛が溢れて、外に及ぶことができますように。どうか同胞を愛し、同胞に仕える仕事が与えられますように。単純にして偉大なキリストの教え、隣人への愛、広い人間愛に生き得ますように——
梅子は、こう胸厚く祈りを捧げるのでした。
訪英中に日本では、高等女学校令、市立学校令が公布され、女子教育に関する法令が整備されてきていました。女子高等教育の必要が叫ばれながら、受け皿は東京女子師範学校ただ一校だけでした。
一九〇〇年、新世紀の黎明を迎え、梅子は教職を辞任しました。年俸八百円を受ける華族女学校教授の地位は、当時の女性をして十分栄光に満ちたものでした。平安な一生を送ろうと思えばできました。
しかし梅子はかねてから思い描いていた計画、理想とする女子高等教育を授けられる私塾を創立する道を選択したのです。設立許可が降りた時、三十六歳になっていました。
後半のお話は明日へつづく。お楽しみに!
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7歳で渡米した梅子さん、そしてそれを推した父親、今の時代でも7歳というまだまだかわいい時期に親元から出し、まして海外に留学させるのは本当に勇気のいることだと思います。
それを、留学なんて想像もしなかった人が多い時代にその道を選ぶことになった梅子さん、ご両親の決断はやはり、すごい!という言葉に尽きます。
そして、日本女性のために尽くすことを選んだという梅子さん、その情熱や強い意志...雅代さんと重なる部分がある気がするのは私だけでしょうか?
明日の続きを楽しみにしています!
夢や理想に向かって邁進していく姿は、見ていて
本当に感動します!
こういう体験談を読むと、「自分も何かしたい!」
と思ってしまいますね。
12月16日思い切ってブライアンさんの個人セラピーを
受けに行って良かったです。
他の方のお話を聞いていて
人を許せないで人のせいにして
自分の人生を生きているのだろうか?と
考えながら涙が止まらなくなった者です。
渋谷スタジオは海みたいな感じで
名古屋スタジオは森みたいな感じだと私は受け取りました。
生でいろんな方にお会いしてとても楽しかったです。
セラピーメニューを楽しみながら
いろんな問題は蹴飛ばして前進していきたいと思います(笑)
RINRINさんと食べた山頭火の塩ラーメン美味しかった☆”
九州でもまたよろしくお願いします。
津田梅子さんのお話とても興味深いです。
明日の続きを楽しみにしています!!
こどもの人格や生活習慣などに多大な影響を与えるのが母親だと ごく最近つくづく考えさせられたことがありました だから女性の高等教育はとても大切だと思います その礎を作った人なんですね
知識を持たなければ何も志を持てないし行動もとれないです より良い知識 新しい知識を求め活用してゆきたいものです
津田梅子さんのお話、興味深く読みました。
今ほど海外事情が知れ渡っていない時期に幼い娘を海外留学させるご両親の先見の明と勇気にうなりました。
女性に限らず、子供の教育はその子供、子孫にも繋がる大切なことですが、親の財政事情で思うに任せない現状があると最近新聞で知り、先々不安に感じています。
かつて日本が諸外国に支配、植民地化されなかったのは、国民皆読み書きが出来ていた事が理由の一つと聞いて驚いた事があります。生活に追われて基本的な教育が出来ない現在の日本、総理大臣もロクに漢字が読めない国だから・・・と言いたくないですが、何とかして欲しいです。
7歳で渡米留学だなんて素晴らしいの一言です。
私も娘にどこか?留学して欲しい希望をもっています。
英語を実際に学び、何か学んで欲しい気持ちが去年
頃から思っていまして、今日の内容を拝見しまして
益々その気持ちがふくらんできました。私の思いを
娘に焦らず伝えていこうと思います。
津田梅子さんのお話の続きが興味深いです。
高校はミッションスクールでしたので、恩師が同じ言葉
【私はまことに信仰に乏しい者ですが、どうか私のうちに神の愛が溢れて、外に及ぶことができますように.】
を、祈りの言葉の中で入れておられました。
ありがたいことです。
津田塾大学は、学内に託児所付きでお母さんも大学で学べる初めてのシステムが、早くから出来たり、津田梅子さんの魂が生きていますね。
特に、興味深いのは、中年以降の津田梅子さんの生き方です。
この時代に、安定や保障より、先の見えない使命を選び取っていくところです。
不景気で、安定、保障の概念が崩れる中、そのニュースを聞くだけで、不安や心配で、ざわ付いてくる現代の私達は、ひ弱で力いっぱい生きていないのだけなのかもしれません。
7才から18才まで親元から離して留学させた津田梅子さんの親御さんの覚悟は当時としては相当なものだったと思いますがその期待に応えた梅子さんもまた素晴らしいですね!
子供の教育は親の考え方1つで如何様にも変えられてしまうんだなあと改めて親としての責任を感じました。
母親として子供に何を教えられるか、伝えられるか、毎日少しづつでも成長していけるように生きたいものです。
数日前に、日本から無事にシアトルに戻りました。数日間、爆睡してしまいました。。。
自分で体験してみると、毎月、日米の往復をされ、各地でセミナー、ミーティングなど多忙なスケジュールをこなしてくださり、接する人一人一人に、愛情一杯のアドバイスをしてくださる雅代さんに、あらためて、感謝の気持ちで一杯になりました。
日本の皆さん、個人セラピー、セミナーで、お会いできて、とても嬉しかったです。
ブライアンが、セラピーをしている方々に、病気になった原因を鋭く追及し、その方々が、「溜め込まずに出す」ということを実践されるのが、とても印象的でした。
また、病気や症状は気付きなので、感謝することなど、雅代語録と共通する点が一杯でした。
皆さんのセラピーを通して、ブライアンから学んだことを、今後の自分の人生にも活かして行こうと思いました。
今日の津田梅子さんのお話を読んで、涙が出ました。7歳でアメリカに渡ったという凄い勇気に感動しました。
さらに、私達日本女性が、教育を受けれる機会を設けてくださったのは、梅子さんのような女性が頑張ってくださったからなのだなぁと感激しました。明日の続きも楽しみにしています!
津田梅子さんは、その時代の常識や周りに関係なく1人の人間としてご自身の使命を力強く全うされていますね。
本当に素晴らしいです。
その生き方や発する事は雅代さんと重なりますね!
先日、参加させてもらったトレーナーコースで、雅代さんの大きな愛に触れたとき、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
それと同時に自分の未熟さにも気付きましたが、少しずつでも自分の出来る事をやっていこうと、勇気も湧いてきました!
自分の気持ちに素直に行動していこうと思います。
信念をもってまっすくまっすぐ進み続けた梅子さんすごいです。与えられた人生の選択肢のなかで常に自分の意思にと新年をつらぬいたのですね。「人のお役にたちたい」という熱い思いに感動します。
「かわいい子には旅をさせろ」という諺が、身にしみて分かる今日この頃です。無意識のうちに過保護になってしまう時もあり、わが身を振り返ることもあります・・・。津田梅子さんのお父様は、新進気鋭の方だったとはいえ、とても思い切ったことをされたなあと思います。
続きを楽しみにしています。
7歳の子を渡米させる先見の明と勇氣、梅子さんのお父様のご決断、
ただただ「凄い!」と思ってしまいます。
ついつい我が子に過保護になる自分が恥ずかしくなりました。
「他人様のお役に立つことを喜びと感じられる子に育てなければ!」
と強く思うと共に、母親として私自身が先ず頑張らなければと
思いました。
続きも宜敷くお願い致します。
津田梅子さんのお話は何度読んでも、感動と驚きを与えてくれます。7歳で親元を離れて渡米なんて、今の自分そして周りをみても考えられない事ですが、その当時それを成し遂げた津田さんには、言葉もないほどの感銘を受けます。
決して楽な道を選ばず、世の為に必要だと思う方向性に向かってどんどんチャレンジしていく姿は本当に素晴らしいと思います。
家族との連絡も殆ど取れない明治時代に7歳で渡米留学させたご両親の勇気、決断は本当に凄い!スケールが大きいなと思いました!
そしてそれをやり遂げ、魅力ある地位や平安な道を振り切り、日本女性のために尽くされた梅子さんの生き方に、とても感動しました☆