マザーテレサの「人間にとって最大の罪は愛が足りないことです」(2)
「スラムの聖女」と讃えられたマサーテレサ。豊かな生活をぬぐり捨て、自分の中で感じる、「うずき」や「良心の声」に素直に従い、自分の使命を見出し、自分の心の声や直感に正直に生きた、感動の生涯を昨日に引き続きご紹介します。
が~ん!このブログが2位になっている~っ。早く1位に復活し、沢山の人々の目に留まり、素晴らしい叡智や情報が広がりやすくなるよう、今日も忘れずに「感謝と応援」のクリック人気ブログランキングをお願いします!
<38歳の決断>
東ヨーロッパのユーゴスラビアで、1910年にテレサは生まれ、18歳までそこで育ちました。洗礼前の名は、アグネス・ゴジャ・ベジャンヒュー。両親は熱心なカトリック信者でした。
12歳の時、アグネスは通っていた教会の神父から、インドに宣教師が派遣されていることを教えられます。また、貧しい人、苦しんでいる人のために生涯仕えた聖フランシスコの話を聞き、深く感動するのです。少女はいつか宣教師になり、貧しい人のために働こうと考えるようになりました。
18歳の時、アグネスはアイルランドにあるロレッタ修道院が、修道女をインド各地に派遣して宣教に当たっている、という話を聞きました。そして、修道女になろうと決心します。洗礼名はテレサ。こうしてシスター(修道女)となったテレサは、インドに向かったのです。
1937年、テレサはカルカッタのロレッタ修道院の敷地内にある、聖マリア高等学校で地理の教師となりました。神の愛を説く熱心な教育と信仰が認められ、やがて校長となります。
しかしこの頃から、テレサは深く悩み始めます。スラムの近くにありながら、ロレッタ修道院の中は緑の木に囲まれ清潔でした。聖マリア高等学校の生徒は、ほとんどが金持ちや役人など裕福な家の子女たち。
ところが修道院を一歩出れば、行き倒れや、ごみ箱に捨てられた赤ん坊、指のないハンセン病患者・・・・。あまりにも多くの苦しむ人々の姿に、テレサは自問をくり返します。
「こんな生活をしていて、使命を果たしているといえるでしょうか。私は、何もかも整った学校で、恵まれた子供たちに神の愛を教えています。けれども、あの貧しい人たちこそ神の愛を本当に必要としているのではないでしょうか。私はあの人たちの力となるために、インドに来たはずなのに」

ではなぜインドに、これほどまでに悲惨なスラムや膨大な路上生活者が生じたのでしょうか。それは、こんな時代の背景があったのです。当時インドは、イギリスからの独立をめぐってヒンズー教徒とイスラム教徒の抗争が激化していました。
1947年には独立を果たしましたが、ヒンズー教徒が多いインドと、イスラム教徒が多いパキスタンの二つの国に分かれてしまったため、東パキスタン(今のバングラデシュ)からのヒンズー教徒の難民が後を絶ちませんでした。
大都会のカルカッタには、国内の内紛で家を焼き出された人たちに加え、そうした難民も流れ込んできたのです。食物も家もなく、病気になれば道に倒れ、そのまま死ぬしかありませんでした。百万ともいわれる人々が、スラムや路上で生活していました。巨大な貧困と飢えと病が、人々を重く覆っていたのです。
そうした過酷な人々の境遇に頭を痛め、ある日、テレサはこう決心します。「私の使命は、修道院の中にこもって祈ることではなく、貧しい人々の中に自分から飛び込んで行って、そこで最も苦しんでいる人にすべてを捧げて生きることです。キリストは“私は飢えていた、裸だった、病んでいた”とおっしゃいました。飢えに苦しみ、死に瀕している人々こそ、姿は違っていても病めるキリストなのですから」
修道院を出て貧しい人々に仕えることを決意したテレサでしたが、修道院以外に出ることは原則として許されません。一年以内に戻るなどという例外的な配慮で許可されたのは二年後、1948年のことでした。
テレサはインド人の着る粗末な白い木綿のサリーを買い求め、修道服と着替えました。こうして、高等学校の校長という恵まれた地位も修道服も捨て、カルカッタの極貧のスラムの人々に中にたった一人で入って行ったのです。テレサ38歳の決断でした。(明日の最終回に続きます。)
最初にちゃんとしっかりクリックしてくれたかな?忘れちゃった人は、人気ブログランキングのクリックをくれぐれもお願いね!
腸の健康情報が満載!腸クレンジングの役立つ情報を発信する専門ブログ、『知的女性のための「ちょうキレイ」入門』。こちらのブログへのご訪問と人気ブログランキングのクリックの応援もお願いします!
ニキビ用ジェル『死海のミネラルジェル・プリマベラ』発売開始!『雅代リジュビネーション』と同時に使用すると、相乗効果で、さらに素晴らしい効果が出ます。
製品の詳細とご注文はこちらからどうぞ。
『雅代メソッド・サポート』
電話番号: 0120-750-220 (フリーダイヤル)
メールアドレス: masayomethod@gmail.com
(電話受付:毎週月〜金曜日の午前10時より午後4時まで。週末・祝日はお休み)
8月13日(木)-16日(日)まで、お盆休みの為、お休みとさせていただきます。
皮膚だけでなく、心、体、魂まで蘇ると大評判! 究極のスキンケア【雅代リジュビネーション】を是非、お試しください!
詳細とご注文はこちらからどうぞ。
トレーナー志望の方だけでなく、エゴスキューをもっと学びたい、自分と家族やまわりをより元気にしたいという人への最適のコース!
9月5日(土)ペインフリー1日講習会
9月6日(日)P3姿勢分析・Eサイズ講習会
9月12日(土)トレーナーコース1.2
9月13日(日)トレーナーコース3.4
詳細とお申し込みは、こちらからどうぞ。
話題沸騰のエゴスキューDVD【腰痛解決プログラム】大好評にて発売中!
詳細とご購入は、こちらから。
エゴスキュー・ジャパンの個人セラピー、大好評にて開催中!
あなたの姿勢、体の歪み、ねじれを基に、コンピューターで個人メニューをはじき出し、適切なやり方を指導!
完全予約制。詳細とお申し込みは、こちらをどうぞ。
<マシンガン雅代のその他のブログ情報>
★今、超話題のアメブロもスタートしました。徐々にこちらに引っ越す予定です。皆さんも、是非、アメブロをスタートしませんか?「読者」、「アメンバー(仲間)」募集中!
越山雅代アメブロ 「日本女性が元気になると、日本が変わる」
★エゴスキューのご紹介、その他、日本での最新情報などを掲載!エゴスキュージャパンのホームページ
★エゴスキューセラピスト「幸子のトラベルセラピーわくわく報告」・新たにスタート!「幸子のトラベルセラピーわくわく報告」
****
最新情報が得られ、読むだけで元気になると大好評のメルマガを発信中!まだご登録いただいていない方は、こちらからどうぞ:「【越山雅代と220Vシスターズのメルマガ】知らなかったら損する!『世界最新!元気・強運ライフへの処方箋』
****
心と体の栄養補強、「腸内クレンジング」、「スキンケア」については、『ネオソースシリーズ』, 『腸内クレンジング』、『その他の商品』をご覧ください。
****
心・体・魂が健全になる情報や叡智が満載!越山雅代の公式ホームページ:こちら。
“マザーテレサの「人間にとって最大の罪は愛が足りないことです」(2)”に32件のコメント!!
おっと! コメントを書く前に、元気充電と幸運へのクリックを忘れずにね!
←ポチッ!
↓自分の考えを書く練習をすると、どんどん強運に。 さぁ、コメントをどうぞ↓
TwitterやFacebookをしている人は、今日の記事を皆に教えてあげてね!
Tweet
|
|









マザー・テレサの愛の大きさには、本当に頭が下がります。
まだ発展途中の私などは、昨日もバイト先で、夏休みの時によくいる「寂しがり屋の困ったちゃん達」を見て、イライラしてしまいました。
頭では「彼らこそ、愛が必要だ。」とは、分かっているのですが、なかなか感情が追いつきません。
自分の中の「大きな愛」を大切に育てながら、少しでもマザー・テレサに近づいて行こうと思います。
みどりさん いつもタイムリーな掲載ありがとうございます。
お盆で家族や親戚が集まるこの時期、素直に感謝の気持ちを
伝える絶好のチャンスですね!
昨日からの皆さんのコメントを読ませて頂いて
思わず涙が出てしまいました。
まずは自分の足元から 家族を大切にして
お互いに自然に感謝の気持ちが伝えられる関係に
なろうと思います。
Helenさん
お母様の認知症 改善される様に
そして Helenさん の心と体の健康が保たれます様に
心から祈ってます
マザー・テレサのご自分の身の回りに起こっていることをきちっと受け止め、自身の心の声に従い、一人で行動に移されたことがとても素晴らしいと思います。
私も、自分の身の回りに起こっていることを受け止め、自分の心の声に従い、行動していくよう頑張りたいと思います。
自らの使命を貫くべく、厳しく、チャレンジの多い道を選んだマザーテレサのその強さと愛の深さには、心打たれます。自分が同じ環境におかれ、そんなことができるであろうか?と考えてしまいました。自分自身の人生や態度についてもとても考えさせられます。明日の続きもしっかりと読ませていただきます。
約20年ぶりに日本でお盆を迎えています。お墓参りや親戚の集まりに出かけ、昔を懐かしむと共に、ご先祖や家族に改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。お盆初体験の息子も、興味深く、日本の風習や習慣を学んでいます。
マザーテレサの話は昨日に引き続き感動で、胸が熱くなります。
人に感動を与えられるって素晴らしいですね!!
感動こそがエネルギーへと変わり、今の自分の生き方を改めて見つめ直すことができます。
こんな素敵な話を聞けた自分は幸せです。
ありがとうございます。
RinRinさん
「感謝」の反対の言葉が「当たり前」ってすごい分かりやすいですね。教えてくれてありがとうございます。
考えてみれば当たり前になってて感謝していないことって結構ありますね。例えば自分自身とか。
Helenさん
お母様とHelenさんに、全て良いことしか起こらないようお祈りさせていただきます。
今日掲載のマザーテレサの写真、大好きです。
凛とした強さを感じる目と、愛情溢れる腕や手に、私も勇気と大きな愛を頂ける感じがします。
その頂いた大切なものを私も周りの人々にどんどん伝えてきます。
早速今朝は父に「毎日どうもありがとう」と伝えました。
突然の私の言葉に驚いたようでしたが、すぐに喜びの表情になり、伝えた私自身がとても豊かな気持ちになりました。
素晴らしい記事で貴重な学びをくださり、本当にどうもありがとうございます。
Helenさん、
お母様とHerenさん、そしてご家族の皆様に愛情エネルギーを送らせて頂きます。
私も祖母の介護の経験があります。
どうぞご自分を責めないでください。
認知症とはいえ、お母様は魂でHerenさんに感謝していると思います。
私も、「自分の使命」であると断言できることに、全身全霊をかけて生きたいと思いました。私は、今、大学院で博士号を取ろうとしていますが、「なんで子どもを預けてまで、お金をかけてまで大学院に行くのか、子どものことをもっと考えたら」と言われ続けるのに困っていました。他の人がそれほど必要としていないものにエネルギーを注ぎたいと思うというのは、「自分の使命」にとって必要なのだと思います。
私たちは、こちらの世界に生まれてくるときに、「自分の使命」を決めてきていると思いますが、それをずっと覚えている人は少ないようです。しかし、その使命を果たすために、私たちは両親を選んで生まれてきています。両親の豊かさによって自分の選択の幅が広がり、両親の貧しさによって忍耐や工夫の力がつくでしょう。自分の考え方や価値観は両親の影響を多分に受けています。不満や憤り、理不尽さを感じることがあっても、その感情さえも「自分の使命」に必要なのだと思います。
マザーテレサのお話をよんで、人がある段階まで成長して初めて、「自分の使命」を自覚できるのだと思いました。あるいは神様が啓示をくださるのだと思いました。だから、今は、自分の直感に従って、勉強や健康、子育てなど、目の前にあるチャレンジにエネルギーを注ぎ、自分を成長させようと思いました。それらすべてが「自分の使命」に不可欠だったとやがて悟れるようになるといいなと思います。コメント欄でお名前を拝見する皆さんは、個々の「使命」やある共通する「使命」のために、これまでチャレンジにあい、雅代さんのブログに引き寄せられたのだと思います。私も皆さんとともに「自分の使命」を知り、それに全力を注げる人生を送りたいと思いました。
マザーテレサが自分の信念を持って、
どんどん突き進んでいく姿は心を打ちますね!
また、マザーテレサは愛を人に与えれば自分に戻ってくるし、与えれば与えるほど自分の中から愛が湧き出てくることを知っていたのだと思います。
昨日に続きマザー・テレサの話の掲載をありがとうございます。
高等学校の校長という恵まれた地位にいながら、既存の枠を越えて、本当に大切なことを見極め、そして行動へと移して行くマザー・テレサ。本当の強さとはこういったことなのではないかと、感じました。
私も目先の安易さに惑わされ、流されること無く、いつも本当に大切なことを見極め、実行していく心の強さを、日々の実践を通じて身につけていきたいと思います。
今日も、マザー・テレサのお話をありがとうございます!
若くして自分の使命を確信し、
使命のために校長という安定した地位を捨てて、
あえて苦しい道を選んだ決断力。
自分の使命を果たすために、生命の危険を冒してまで
流行り病のはびこる極貧の地域に入って行った強固な信念。
常人では持ち得ないものだと思います。
今日のお話を読み、
マザー・テレサの数々の言葉にすごみを感じるのは、
厳しい意志を貫きとおした彼女の力が
こもっているからなのだと、
腑に落ちました。
私も信念を持ち、それに向かって行動できる
強い意志を培わなければならないと思います。
マザーテレサの偉大さにはただただ頭がさがります。
神様の遣いとしてこの地球に来たのでは?と思ってしまいます。私達は周りの人に愛と感謝を広めて行くことしか出来ないかもしれませんが、それがやがて大きなプラスのスパイラルになって行けばいいと思います。
私には小さい時に亡くなってしまった兄がいたそうです。
私が生まれて来る前のことですので、写真でしか知りません。
たった一人の男の子だったので両親は相当ショックだったそうです。
どうしても男の子が欲しかったのですが、その後生まれたのは女の子ばかり。
そして、最後の女の子が私なのですが、よく冗談で男の子が丈夫でいたら私は生まれて来なかったかも?
と、言われました。
本当にそうだとすれば私は兄の分まで精一杯、誠実に生きなくてはいけません。せっかく頂いた命なのですから、人に親切にし丁寧に接して生きたいと思います。
親は冗談で言ったかもしれませんが、かえってそう言ってくれたお陰でなおさら兄への想いがつのるので感謝です。
38才で自分の心の声に忠実に行動したテレサって自分にとても正直な人だとつくづく思いました。スゴいな〜。今日もよいお話をありがとうございます!
恵まれた環境から、木綿の粗末なサリーに着替えたマザーテレサ。自分の良心の声に従って生きた姿は尊く、心がふるえ程を感動します。お盆に帰省中の私も、家族に感謝の気持ちを伝えました。とくに母に。そうしたら自分の子供達や妹の子供も真似して母や私達親に「有難う」といいはじめました。子供達も、感謝の言葉を大切にしていって欲しいと思います。
自己満足で人助けをする人が多い中、
テレサの決断と行動力は本物。真実の愛だと思います。
まっすぐな意思と純粋な心を持った彼女の前では
恵まれすぎた環境の方が不幸だったのかもしれませんね。
人に何を言われても信念を曲げない強い女性になりたいです。
テレサのお話は何度も読んでいるはずなのに
心が洗われていくようです。
再掲載をありがとうございます。
マザーテレサのお話しをありがとうございます。とても感慨深く読ませて頂きました。自分の使命が何なのかと、深く考えさせられました。今日、帰省先の近くに小岩井牧場というところがあるのですが、そこへ行き、真っ暗な牧場の中で、星空を見上げていました。夜空いっぱいの星を見ていると、今の自分は、自分の意思を超えた、「何か」に動かされてる気がし、また、それに従って生かされている自分は、それで充分なんだ、と言う気持ちになりました。マザーテレサのお話と、星空に、すがすがしく、気持ちがセットされました。
今日、次女のオープンキャンパスについていった先で、講演を行った教授が、
「成功の反対は、何ですか?それは、失敗ではありません。成功の反対は、、、何もしないことです。」とおっしゃいました。そして、成功=安 であるとも言いました。
安という漢字は、うかんむりに、女と書き、このうかんむりは家をあらわします。女性が家の中で愛深くいることで、家族皆が成功することになるとも。女性の愛、力ってすごいなと思いました。
マザーの愛は、家という空間や学校を飛び出して、どんどん行動範囲を広げて放射状に飛んでいったのですね。その行動力と愛の力、、、やはりマザーは凄い!!
引き続き、マザーテレサのお話の掲載、ありがとうございました。皆さんのコメントも読んでいて、本当にマザーテレサの存在=行い、言動、生き様そのものが、私たちに与える感動と影響は計り知れないものがあるなと感じました。このような人が同じ人間としていてくださったことは、ただただ感謝感謝です。そして人間何をすべきか、どこを目指すべきかを、いつも照らしていてくれているように思います。日々の生活の中で忘れてしまっていることを、掲載してくださったことで、思い出すことができました。ありがとうございました。
今日はお墓参りに行ってきました。敷地内の雑草を抜いて、墓石もきれいに磨いて、線香を上げて手を合わせてきました。とても清々しい気持ちになりました。そこに眠っている人たちのほとんどに、私は会ったことがありませんが(夫の方のご先祖様なので)今、こうやって夫がいて息子たちがいる、命のリレーに縁あって私が立ち合わせてもらっているのだなと、感慨深い気持ちになりました。
今日のお話を読んで、マザー・テレサとは状況が違いますが、今私の周りで愛を必要としている人たち、その最たるものは家族であること、もっと愛を出していかなくてはと思わされました。
Helenさん
他の方たちも書かれていますが、Helenさんご自身の、心と体と魂にも、キチンと栄養補強されることをどうか心がけてください。雅代メソッドでお母様が少しでも元気になられることを祈っています。介護を「私の心と魂の補強すべく学び」と捉えられているのを読んで、私が息子たちを育てていることも、きっとそうなのだろうと心を新たにして受け止めることが出来ました。
さとみさん
お盆の日本はダン君にとっては殊更新鮮なのではないでしょうか。楽しんでおられるようで何よりです。
マザーテレサにとって、キリストという存在は如何なるものだったのでしょうか?12歳で宣教師になりたいと考えてから、一貫してあるのは、貧しい人々、苦しんでいる人々に仕えたいという思い。病めるキリストに仕えること、寄り添うことは、神に繋がる道筋だったのでしょうか?宗教を持たぬ自分にとって、愛の伝道者であるマザーテレサの生き方は、計り知れない壮大さとして映ります。果たして、私は、何をすればよいのだろう?
マザー・テレサの使命への気づきと恵まれた生活を投げうっての決断、そして、自分の気持ちに率直に従って行動するところが素晴らしいなと思いました。今日は母が旅立って1年目の命日でした。父の仕事関係の人たちがお参りに来て下さり、みなさんの生き方や話から、さまざまなことを学ばせてもらいました。残念ながら、もう両親に直接感謝の言葉を伝えることはできませんが、明日はお墓参りをして、少しでもマザー・テレサのような深い愛情を身につけられるよう、日々一歩一歩学び前進することを誓うつもりです。
マザーテレサは、その存在自体が愛そのものだと思います。
「人間にとって最大の罪は愛が足りないことです」
この言葉、痛いくらいに心に響きました。
その名前はよく知っていても、実はマザーテレサの生い立ちや具体的活動についてはほとんど知識がありませんでした。
それが何のシンクロか、つい先日ふと思って映画「マザーテレサ」のDVDを借りて観たのです。それで今日のお話のように、彼女が自分の信念に従い、修道院を飛び出してスラムの人々に尽力したことを知りました。
マザーから何かメッセージが伝わったのかも!?知れません。今はまだまだ足りない愛を少しでも補いえるように心がけたいです。
マザーテレサの生き方に影響を与えたのは、聖フランシスコだったのですね。
聖フランシスコについて、インターネットで調べたのですが、この方もマザーテレサと同じようにとても裕福な環境に育ったそうです。
ある時、神の声を聞き、財産・名誉などを全て捨て、人々に奉仕をし、生涯を捧げたとあります。
このお陰で、マザーテレサがあり、さらに、マザーテレサが、本当に多くの人々の人生に影響したのですね。
自分が日々させていただいていることが、小さいながらも、まわりに、そして、後世(生)に影響して行くのだなとつくづく思いました。やはり、この瞬間瞬間、自分のベストを尽くし、妥協せず、納得(満足)の行く人生を送りたいなと思いました。
自分の成すべきことが何なのか悟ることが出来る人は本当に素晴らしいと思います。雅代さんもそうですが、自分に出来ることで人の役に立てるということ事態がとても尊いと思います。今は他人が見ている本当の自分を受け入れるのに精一杯ですが、いつか人のお役に立つことが出来ればいいと思います。
マザーテレサの決意して、実行に移される姿は
本当に素晴らしいと思います。そう簡単にできる
ものではないから。本当に苦しんでられる人達に
自分が出来ることは何かと答えを見いだして
そこへ飛び込む勇気はやはり素敵です。何事にも
実行してこそですね。明日の続きを楽しみにして
います。
宮兄さん、RAOSUさん、
「当たり前」という言葉に反応して下さって、ありがとうございます。
今日は、「マザー・テレサへの旅路」神渡良平著を、また読んで見ようと、3分の2くらいの所を何気に開いたら、ほんとに偶然にも「あたりまえのことを一生懸命やる」という見出しでした!!
長くなりますが、この見出しの文章に書かれていることを紹介したいと思います。
「掃除道」という本を書かれた、イエローハット社長の鍵山秀三郎さんと言えば、ご存知の方も多いとおもいますが、この方の生き方は、『凡時徹底』平凡なことを、しかし、非凡に徹底してやる。言い換えると「日常のごく当たり前のことを一生懸命やる」ということだそうです。
この鍵山さんの生き様は、テレサのようにスラム街で活動してきた人ではないが、同じ精神で活動してこられたのではないかと思う。と言い、マザーテレサの言葉を書いておられます。
「あなた方は、わざわざカルカッタまでやって来て、ボランティアする必要はないんです。あなたの街にも独りっきりで淋しく暮らしているお年寄りがいらっしゃるでしょう。目が薄くて、手紙を書くのに困っていらっしゃる人、体がきつくてスーパーに買い物にいくのもおっくうな人がいらっしゃるでしょう。そういう方に親切にしてさし上げなさい。それがカルカッタに来るよりも尊いことです。日々の足元のことを忘れないでね。」
身近な人に親切にする。それがとても大事で、マザーテレサの精神に繋がっていると思うと、心が安らぎますね。
たいしたことが出来ない自分を情けなく思ってしまいがちですが、そうではないんですね。
私たち一人ひとりが、身近な人を愛し、親切にする、それが尊いことなんだということですね。
そんな極貧の地獄のような状態が野放しにされていたんですね。そしてマザーテレサはこんなに恵まれた環境から逆境の地へ行く事を決意したんですね!!!!!!!!!!!しかも、ひとりで。
私も「自分の使命」というものは、まだまだ見つけ出すのは先かも知れないけど、今目の前の事、そして自分がぶつかるすべての事を精一杯やっていきます!
明日も楽しみにしてます!!!!!
マザーテレサのお話をありがとうございます。
ブログの本文、みなさんのコメントを読ませていただいて、いろんなことを感じました。
不思議なことに、普段、何かを体験したり文章を読んだ時は、自分の気持ちはどんななのかという言葉を無意識のうちに捜しているのものですが、今はそのまんま、その言葉がすう~っと染み込むように入ってきてそれ以上自分の中で変化することがないのです。
このおもしろい感覚を味わってみます。
私も、ほんの少しでしたが帰省してきました。
お盆の準備などで慌しかったのですが、そこにはスローな時が流れていました。
愛でしょうか。。。
日常に散りばめられた愛を探すのもなんかいいですね~
何度かマザーテレサの話を掲載して下さっていますが、その度にどう感じるか、自分の心の変化、成長を確認でます。
どんなに裕福に、あるいは貧しく生まれても、自分の使命を見出し、それに生き抜くことができる人の心の強さ・豊かさを感じずにはいられません。
ありがとうございます。
マザーテレサの決断、本当に凄いですね。
アリスの母さんの言うように、まさに「神様の遣い」ですね。自分の使命と言い聞かせても、ここまでエゴを捨てて生きて行くって、どんな精神状態だったのでしょうか。
仏教の世界では、よく「無我の境地」と言う言葉を使い幸せを追求してますが、マザーテレサの場合は、「無我プラス愛」ですよね。
ん~っ…す・ご・い!
真美子さんへ
主婦と母をこなしての挑戦、とても素晴らしいです。応援してます。ただ、あまり無理をしないで、たまには自分を労わってあげてくださいね。(^^)
もしも、タイムスリップをしてマザーテレサの時代にインドに行ったとしたら、いえいえ、今のまだまだ貧しい国へ行ったとしたら・・・今の自分に何ができるのか?
と考えました。
マザーテレサのように、どんな人にでも優しく救いの手を差し出せるか?と・・きっと、呆然と立ち尽くしているだけで、居ても邪魔になるだけだろうな・・と
昨日の一文より・・「人間にとって最も悲しむべきことは、病気でも貧乏でもありません。自分はこの世に不要な人間だと思い込むことです。そして最大の罪は、そういう人に対する愛が足りないことなのです」自分はこの世に不要な人間だと思い込むことです。」とありますが、
自分は不必要な人間だなんて思ったことがありませんでした。
それは、やはり、家族や周りの人がいっぱい愛情を注いでくれたからなのですね。私の知り合いの息子さんは、昨冬亡くなられましたが、突然死でした。
朝、一緒にコーヒーをのみ新聞を読み、自分の部屋へ行ったそうです。しばらくして、家族が様子をみに行くと亡くなっていたそうです。
ついつい、昨日の笑顔が、そして、今朝の笑顔が当たり前に思ってしまいますが、いつが最後になるかわかりません。
阪神大震災の時もそうですよね。「おやすみ・・」といったはずなのに・・必ず朝笑顔で「おはよう」と言えるわけではないのだと、だから、家族や周りに愛を注ぎたいとおもいました。
マザーテレサの心に100分の1でも近づけるようにくらしたいです。
そこで、ひとつ、みなさんにコラムをご紹介します。私はこの文章をラジオで聞いたのですが、涙がとまりませんでした。「一生懸命生きること・・」今一度見つめなおしてみたくおもいます。
俳優の(堀内正美)さんが代表を務めるNPO法人「阪神淡路大震災1・17 希望の灯り」のホームページには全国から、そして海外からも「はるかのひまわり」が咲いたという知らせが、今年も続々と届き始めています。「はるか」とは、あの震災で崩れた家の下敷きになって亡くなった小学6年生の女の子(加藤はるか)ちゃんのことです。震災があった平成7年の夏、取り壊された家の跡から一本のひまわりが芽を出し、真っ青な空に向けて大きな花を開きました。「咲いたで! これは、はるかの生まれ変わりや!」近所の人たちは、この花をこう呼びました。「はるかのひまわり」・・・
何も無くなってしまった町の空に、次々に開いた大輪の花は、たくさんの人を励まし勇気づけました。でも、はるかちゃんの姉の(いつか)さんは、心ひそかに思っていました。
(あれは、はるかと違う。ひまわりや、ただの花や・・・。
もう、いやや!地震も、ひまわりも、はるかの想い出も何もかも箱に詰めて、海のそこへ沈めてしまいたい!)これが人前では決して泣かない姉のいつかさんの本当の想いでした。加藤はるかちゃんは、活発でオテンバな女の子でした。6年生の夏、はるかちゃんはジャングルジムから飛び降りて、股関節を痛めて手術。秋の修学旅行には、車いすで参加しました。年が明けて1月16日、はるかちゃんはやっとうまく使えるようになった松葉杖をついて、お母さんと一緒に京都まで出かけました。二人が帰って来たのは、夜の10時すぎ。おみやげのアイスクリームを一緒に食べてから「おやすみ!」これが、姉のいつかさんとはるかちゃんが交わした最後の言葉になってしまいました。次の日の明け方、5時46分、大地震発生!古い長屋様式だった家は、ひとたまりもなく崩れてしまいました。「はるかは? どこや? はるかがいない!」
はるかちゃんがガレキの下から発見されたのは、地震発生から7時間後。近くの高校に設けられた遺体安置所に行ったいつかさんは、内出血で腫れ上がった遺体の顔を一目見て思いました。(こんなん、はるかやない。はるかと違う!)妹の死をやっと納得できたのは、震災後の混乱の中で形ばかりのお葬式が終わり、納骨を済ませたときでした。(はるかは、もういないんやなあ・・・)いつかさんの胸の中には、自分自身への苦しい問いかけが残りました。(私は、はるかにとって、いいお姉さんだったのだろうか?)いつかさんは、生きる意味を見失い、自分で自分の体を傷つける行為に走り、さらに引きこもり状態に陥ってしまいました。そんな時に出会ったのが「阪神淡路大震災1・17 希望の灯り」の活動。
ほんの手伝いのつもりで参加してみると、いろんな人に出会いました。娘さんを亡くした人、母親を亡くした人、すべての家族を失った人・・・。「希望の灯り」代表の堀内正美さんは、いつかさんに言いました。「人前でも何でも、悲しかったら泣いていいんだよ」(そうかぁ・・・私は、泣いてもいいんかぁ・・・)(いつか)さんの中で、何かがコトン!と音をたて気持ちが変わり始めたのは、この時からでした。
(加藤いつか)さんは今、病院の事務の仕事をしながら、全国の小学生や中学生たちに、地震の体験を伝え歩いています。これまでに回った学校は、50校を超えました。
「もしも地震があったら、家族で集まる場所は決めてる?」
「みんなのカバンやリュックの中には、いつも何を入れてる?」話が終わると、みんなに配るのが「はるかのひまわり」のタネです。それを手渡しながら(いつか)さんは言います。「おやすみを言った人に、必ずおはようを言えるわけではありません。行ってきますと出た家に、必ずただいまと帰れるわけではありません。誰かとケンカしてしまったら、明日「ごめんね」と言えるかどうか、そんなことは、誰にも分からないのです。だからこそ、今そばにいる家族や友だちと仲良くしてください。自分の命と相手の命というものを、いつも大切に見つめてください」
数週間前から実家の母は元気かな?と
気になることがしばしばありました。
お盆明けに帰省する予定だったので
気になる想いもそのままにしていました。
すると、父から連絡が入り
母の体調がよくないとの事。
「あ~、はやくタワー(エゴスキューで使用するもの)を
買ってあげればよかった」
「なんで、気になった時に電話くらいしなかったのだろう?」と、色々な想いがこみ上げてきました。
人生、明日はどうなるか分からない
感じた時、想った時に後回しない大切さを
改めて学びました。
あしたから帰省しますが、当初の予定より
少し長く滞在する事になりました。
感謝の気持ちを伝えてきます。